次世代抗がん剤「たんぱく質分解薬」の臨床試験開始:がん治療の新たな希望
2024年8月、国立がん研究センター中央病院と同センター東病院が、次世代の抗がん剤「たんぱく質分解薬」の臨床試験(治験)を開始したことを発表しました。この革新的な薬剤は、特定のがん種に対して高い効果を示す可能性があり、がん治療の新たな選択肢として期待されています。
たんぱく質分解薬とは
たんぱく質分解薬は、病気の原因となるたんぱく質を特異的に分解する新しいタイプの薬剤です。従来の低分子薬と比較して、以下の特徴があります:
- より多くのたんぱく質に作用可能
- 治療の幅が広い
- 特定のがん種に対して高い効果が期待できる
革新的な前臨床試験手法
今回の臨床試験に先立ち、研究チームは革新的な前臨床試験手法を採用しました:
患者由来異種移植(PDX)モデル
- 患者のがん組織を直接マウスに移植
- 培養過程を省略し、がん細胞の多様性を維持
- 臨床での薬効予測精度が大幅に向上(5-8割の確率で正確に予測可能)
この手法により、従来の培養細胞を用いる方法(予測精度約5%)と比較して、はるかに正確に薬の効果を予測することが可能になりました。
たんぱく質分解薬「E7820」の前臨床試験結果
エーザイと共同開発されたたんぱく質分解薬「E7820」の効果を、PDXモデルを用いて調査しました:
- 全体での腫瘍縮小率:38%
- 胆道がん:58%の腫瘍縮小
- 子宮体がん:56%の腫瘍縮小
- 膵臓がん:8%の腫瘍縮小
特筆すべき点として、薬が効果的だったがんの多くで、がん抑制遺伝子「BRCA1」などに変異が見られました。
臨床試験の開始
これらの前臨床試験結果を踏まえ、以下の臨床試験が開始されました:
- 対象:胆道がんや子宮体がんなどの患者数十人
- 目的:安全性の確認と適切な用量の決定
- 今後の予定:初期段階の治験終了後、治療効果を本格的に調べる次相の治験を検討
期待される影響
国立がん研究センター研究所の間野博行所長は、この新しいアプローチについて以下のように述べています:
「創薬にかかる期間を2〜3年は短縮できる。(海外の新薬について国内の承認が遅れたり、使えない状態が続いたりする)ドラッグラグ・ロスの状況に風穴を空けられる」
E7820の再評価
E7820は2004年に米国で治験が行われましたが、当時は実用化に至りませんでした。その後の研究で以下の点が明らかになりました:
- たんぱく質分解薬としての機能が判明
- 効果的ながんの種類や患者の特徴が特定
- 対象患者を絞り込むことで、治療効果の確認が容易に
まとめ
たんぱく質分解薬「E7820」の臨床試験開始は、がん治療における新たな希望を示しています。革新的な前臨床試験手法の採用により、より効率的で精度の高い薬剤開発が可能となり、患者さんにとってより効果的な治療法の提供が期待されます。
今後の臨床試験の進展に注目が集まる中、このアプローチが他のがん種や新薬開発にも応用され、がん治療の選択肢がさらに広がることが期待されます。
専門用語解説
- たんぱく質分解薬:特定のたんぱく質を分解する薬剤。従来の薬では標的にできなかったたんぱく質にも作用可能。
- PDX(Patient-Derived Xenograft)モデル:患者のがん組織を直接免疫不全マウスに移植して作成する実験モデル。
- BRCA1遺伝子:乳がんや卵巣がんのリスクに関連するがん抑制遺伝子。
- ドラッグラグ:新薬が海外で承認された後、日本での承認・使用が遅れる問題。