便移植でがん治療効果向上へ:国内初の臨床試験が開始
2024年8月、国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)において、日本初となる便を用いたがん治療の臨床試験が開始されました。この画期的な試みは、腸内細菌叢移植によりがん治療薬の効果を高めることを目指しています。本記事では、この革新的な研究の詳細と、腸内細菌叢ががん治療に与える影響について解説します。
腸内細菌叢とは
人間の腸内には約1000種類、40兆個以上の細菌が生息しており、これらの集団を腸内細菌叢(腸内フローラ)と呼びます。近年の研究により、この腸内細菌叢が人体の免疫システムと密接に関わっていることが明らかになっています。
臨床試験の概要
対象がん
- 食道がん
- 胃がん
参加者数
最大45人
試験の流れ
- 3種類の抗菌剤を1週間服用し、既存の腸内細菌叢を減少させる
- 内視鏡を使用して、健康な人の腸内細菌叢を含む液体を大腸の奥(盲腸)に注入
- 通院しながら、基本的な抗がん剤と免疫チェックポイント阻害薬を併用して治療
安全性の確保
順天堂大学の石川大准教授(消化器内科学)は、「感染症を防ぐため3回チェックしてしっかり安全性を保つ」と説明しています。
腸内細菌叢移植の可能性
過去の研究成果
- 潰瘍性大腸炎患者への応用
- 順天堂大学が2014年から臨床研究を開始
- 240人以上に移植を実施し、70%の患者で炎症が改善
- 悪性黒色腫患者での成果
- 海外の研究で、免疫チェックポイント阻害薬と併用
- 20人の患者に腸内細菌叢を移植
- 治療効果の出現率(奏功率)が65%に達成
期待される効果
国立がん研究センター中央病院消化管内科の庄司広和医長は、「腸内細菌叢を移植することでいかに効果を上げられるかを見たい」と、この臨床試験の目的を説明しています。
腸内細菌叢と免疫の関係
腸内細菌叢の移植により、患者の腸内環境のバランスが改善され、結果として免疫機能が強化される可能性があります。特に、以下の点が注目されています:
- 免疫チェックポイント阻害薬の効果増強
- がん細胞に対する免疫反応の活性化
- 全身の免疫システムの強化
今後の展望
この臨床試験は、がん治療における新たなアプローチの可能性を示唆しています。今後の研究課題として、以下の点が挙げられます:
- どの腸内細菌叢が免疫効果を高めるかの特定
- 腸内細菌叢の多様性維持の重要性の解明
- 他のがん種への応用可能性の検討
まとめ
便を用いたがん治療の臨床試験は、がん治療の新たな可能性を切り開く画期的な取り組みです。腸内細菌叢と免疫システムの関係性をさらに解明し、より効果的ながん治療法の開発につながることが期待されます。
この研究は、私たちの体内に存在する微生物が、健康維持や疾病治療において重要な役割を果たす可能性を示唆しています。今後の研究の進展に注目が集まるでしょう。
専門用語解説
- 腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう):腸内に生息する多種多様な細菌の集団。腸内フローラとも呼ばれる。
- 免疫チェックポイント阻害薬:がん細胞が免疫システムから逃れるのを防ぐ薬。免疫細胞の働きを活性化させ、がん細胞を攻撃する。
- 奏功率(そうこうりつ):がん治療において、腫瘍が縮小するなど治療効果が認められた患者の割合。
- 盲腸(もうちょう):大腸の始まりの部分で、小腸と大腸をつなぐ袋状の器官。