「食事とがん」最新科学が明らかにする、がん予防と治療への新しいアプローチ
増え続ける「メタボ」とがんの意外な関係
血液腫瘍学の研究員として働いていたウルビ・シャー氏は、自身がホジキンリンパ腫と診断されたことをきっかけに、食事とがんの関係について深く考えるようになりました。4ヶ月の化学療法でがんは治りましたが、彼女の中には疑問が残りました。「がんを治すうえで、食事はどのような役割を果たしたのだろうか?」
近年、肥満、糖尿病、高血圧などの代謝性疾患とがんの発症・進行の関係を示唆する研究結果が続々と発表されています。米国では、これらの症状のうち3つ以上が基準値から外れると「メタボリックシンドローム」と診断されます。
メタボリックシンドローム患者の割合は、欧米型の食生活と運動不足の影響で、近年増加傾向にあります。アルコールや精製炭水化物、脂肪分の多い食品の過剰摂取、運動不足などが、炎症を引き起こし、DNA損傷につながると考えられています。DNAが傷つくほど、正常な細胞ががん化するリスクは高くなります。
がんは「代謝異常」という共通の敵を持つ
従来のがん治療は、特定の遺伝子変異を標的としたものが主流でした。しかし、近年では、がんは代謝異常という共通の特徴を持つ代謝性疾患であるという考え方が広まっています。
国際がん研究機関(IARC)によると、2022年には世界で約2000万件のがんの症例が発生し、970万人が死亡しています。多くの先進国では、がんは心臓病を上回る死因の1位となっています。
ゲノム解析技術の進歩により、がんで起こる遺伝子の変化に関する知識は深まりましたが、有効な治療標的となる遺伝子は限られています。一方、代謝の変化はほぼすべてのがんに共通して起こります。
中国で行われた大規模な研究では、メタボリックシンドロームのスコアが高いグループは、低いグループと比べてあらゆるタイプのがんを発症するリスクが30%高かったことが示されています。
肥満と炎症:がんのリスクを高める悪循環
肥満は、健康な組織を傷つける炎症を引き起こし、少なくとも13種類のがんと関連していることが分かっています。肥満の女性は、代謝的に健康な女性と比べて、子宮内膜がんのリスクが3倍、腎臓がんのリスクが2.5倍高いことが研究でわかっています。
「過剰な体脂肪、特に腹部の脂肪は、いずれも特定のがんと関連する炎症、血糖値、インスリン様成長因子1(IGF-1)の生産を増やします」と、米シーダーズ・サイナイがん・ライフスタイル統合研究センター所長のスティーブン・フリードランド氏は語ります。「がんの種類によってメカニズムは異なるにせよ、代謝の機能不全という点は共通しています」
食事とライフスタイルでがんリスクを下げる
しかし、がんと代謝の関係は、食べ物や体重だけが関わる問題ではありません。研究からは、メタボリックシンドロームの症状がある人は、標準的な体重であってもがんの発症リスクが高いことがわかっています。
ライフスタイルによっても、インスリンに対する体の反応や、食べ物をどれだけ効率よくエネルギーに変換できるかは変わってきます。
また、ストレスや睡眠障害、運動不足、孤独感などが、体重やBMIに関係なく、あらゆる種類のがんと関連していることを示す研究は数多く存在します。
食事介入研究:がん患者への新たな希望
ウルビ・シャー氏は現在、米スローン・ケタリング記念がんセンターの助教として、がん患者に栄養面の指導をする食事介入の研究に取り組んでいます。
彼女の研究チームは、がん患者に植物性食品が豊富な地中海式ダイエットを実践してもらうと、炎症マーカーが減少し、生活の質が向上することがわかったと報告しています。
食事療法と従来の治療法を組み合わせることで、がん患者の治療成績をさらに向上させることが期待されています。
まとめ
食事とがんの関係は、近年注目を集めている研究分野です。研究成果はまだ初期段階ですが、食事とライフスタイルを変えることで、がん予防と治療に大きな可能性を秘めていることが示唆されています。